西京子の備忘録

朝ご飯の内容から夕ご飯の内容まで、徒然なるままに

Category [ 近世朝廷 ] 記事一覧

スポンサーサイト

国封国公諡号一覧

本朝に於いて爵位と言いますと西洋の影響を受けた華族令によるものが浮かびますが、古には律令とともに唐土の封建制度に基づいて国封(こくふ)が行われていました。太政大臣に任じられた方が薨去された後、国公及び諡号を追贈されました。国公は例えば、三河国に封じられた場合、三河公の爵位を賜ります。諡号は、百人一首でお馴染みですが、貞信公、謙徳公などの類です。国公は辞退されるのが慣例で、唐土のように異姓諸侯が誕生...

光格帝の殿上人の装束を召給う事

『思ひの儘の記』より光格帝の御事、御所の不思議なる事ども○或年の節会の日に、白髪の老人が殿上人の装束にて、殿上のあたりを徘徊ありしに、若き殿上人などは、誰ならむ見ず知らぬ人なりと思ひしに、光格上皇の、節会の様を御覧の為に御幸ありて、臣下の衣服に召変られ、清涼殿の辺を御ありきありしとぞ。○嘉永七年に内裏焼亡の時、清涼殿の獅子狛犬を、五位の殿上人たる人、一条家へ預に来る。後日其人を尋ぬるに、携帯せる人あ...

兼という字、本官と兼官

かって「行という字、守という字」という記事において位署書について少し触れましたが、今回はそれを少し掘り下げてみようと思います。使えそうな史料が手元にないので、同じく古の記事「高家の特権」に書いた幕末の高家一覧表を利用します。畠山義勇 従五位下侍従兼飛騨守→「侍従従五位下兼行飛騨守源朝臣義勇」侍従=従五位下相当・飛騨守=従六位下相当なので侍従が官位相当となり本官として扱われます。(実際には官位相当の...

門跡便覧(仮称)

(前略)○青蓮院門跡(天台宗) 東伏見慈晃師49世○毘沙門堂門跡(天台宗) 叡南覚範師61世 大僧正○曼殊院門跡(天台宗) 無主前門跡半田孝淳師の天台座主就任により無主となる○三千院門跡(天台宗) 小堀光詮師61世 大僧正○妙法院門跡(天台宗) 菅原信海師51世 大僧正 瑞宝中綬章 早稲田大学名誉教授○滋賀院門跡(天台宗) 井深観譲師大僧正○輪王寺門跡(天台宗) 神田秀順師31世 大僧正 寛永寺住職○輪王...

西京子的名前のハテナ?うわっはー(暫定版)

さて、今回扱う名前のハテナですが、近世大名の名前に関することです。近世武家の正式な名である諱は普段使われることはありません。公的な文書類や系図に記される程度です。そのため、代わりに「○兵衛」や「○衛門」などの通称と呼ばれるものを使用します。しかし、大名や旗本で叙任されているものは、その官を名乗ります。例えば、上杉「喜平次」が「弾正少弼」に任じられると、上杉「弾正少弼」となるのです。普通の大名ならここ...

禁裏小番関係書留

公家の家格の一つに禁裏小番における内々と外様の差があります。勢多章甫の『思ひの儘の記』にその内訳が記されているので、抜粋してみました。○内々小番大炊御門 三条 菊亭 広幡 醍醐 日野 柳原 野宮 甘露寺 岩倉 富小路 四辻 平松 鷲尾 綾小路 西三条 烏丸 植松 中御門 飛鳥井 清閑寺 庭田 白川 芝山 石井 山本 石山 高野 押小路 愛宕 中山 東園 広橋 姉小路 滋野井 中院 五辻 正親町 船...

徳川家宣公将軍宣下関連宣旨メモ

『光台一覧』に徳川家宣公の将軍宣下の際に発給された宣旨がまとめて載せられているので、抄出してみました。○従二位権大納言源朝臣家宣右以件人宜令叙正二位宝永六年四月幾日大外記正六位上兼右大史掃部頭酒造正中原朝臣師英奉○正二位権大納言源朝臣家宣右以件人宜令補任征夷大将軍宝永六年四月幾日修理東大寺大仏長官正六位上兼左大史主殿頭主馬首小槻宿禰秀連奉○正二位征夷大将軍源朝臣家宣右以件人宜令兼任右近衛大将(大外記...

敬称について~『近衛篤麿日記』より~

先日、『近衛篤麿日記』を引用させて頂きましたが、まだ幾つか興味深いことが書かれているので、それにも触れたいと思います。『近衛篤麿日記』明治三十一年四月十日条に「一 発状 股野琢 老公法号中大居士は穏当ならずとのことを大徳寺より申来る其事に付大徳寺よりは後三藐院殿前関白従一位翠山道隆宏禅定殿下台霊と古来の例によりては如何と申来る前関白は廃官になりしもの殿下は又関白なればこそ称するものなれ廃官後の殿下...

実子について~『近衛篤麿日記』より~

近世の公家には「実子」というややこしい養子の形態がありました。これは、養子とする際に、公式には、元々その家の子であったかのように装うものです。「実子」にも久邇宮朝彦親王殿下のように、同系内でやり取りがある場合と、岩倉具視公のように、他家を相続する場合とがあります。『近衛篤麿日記』には、この「実子」に関連することが、幾つか記されています。「実子」については、近世の公家の日記には時折出てきますが、明治...

百済王家と高句麗王家

七世紀の古代朝鮮半島では、新羅、百済、高句麗の三国が互いに覇を競っていましたが、やがて新羅が朝鮮半島を統一しました。滅ぼされた百済、高句麗二国の裔胤ですが、これは、両家ともに日本に存在しています。まず、百済王家ですが、欽明天皇の御代に百済の義慈王は、自らの二王子、豊・と禅広を人質として、日本に遣わしていました。ところが、義慈王が唐に拉致されたため、急遽、豊・は帰国して王位につき、唐と戦うこととなり...

ご案内

プロフィール

西京子

  • Author:西京子
  • ・今月23日は天皇陛下の73歳の御誕生日です。
    ・同1日は愛子内親王殿下の5歳の御誕生日です。
    ・同2日は崇仁親王殿下の91歳の御誕生日です。
    ・同9日は皇太子妃殿下の43歳の御誕生日です。
    ・同20日は彬子女王殿下の25歳の御誕生日です。
    ・同29日は佳子内親王殿下の12歳の御誕生日です。

    ・今年も早いもので十二月になりました。皆さま、ご多忙の時期とは思いますが、無理をなさりませんよう。
    ・最近はテレビを視聴していないので、今期は殆どついて行けてません(謎)

    ・現在、更新が遅れています。大変申し訳ありません。

最近の記事

ブロとも申請フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。