西京子の備忘録

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女性天皇と「女系天皇」の違い

ここ半年程でしょうか、テレビや新聞各紙で、「女系天皇」という言葉が用いられるようになりました。

皇室典範改正議論が盛んになる以前は、「女性」と「女系」の区別がつかない、ある種の偏向報道が行われていたことを考えると、短い中にも隔世の感があります。
別の視点から見ると、氏姓制度や家制度が国民の意識レベルにおいて、かなり低下してしまっていた証拠でしょう。

そんな中で、女性天皇と「女系天皇」の違いについて書くというと、今更なにを、と思われるかもしれませんが、意外や意外、昨日の「たかじんのそこまで言って委員会」におけるデーブ・スペクター(彼は米国人ですが)のように、未だに理解せずに論じる人もいるようなので、基本を押さえるという意味でも、一度書いておきます。

女性天皇とは、言わずもがな、女性皇族で皇位につかれた方です。
現今の皇室典範では、皇位を男系男子に限っており、女性皇族が即位するということは不可能ですが、過去には八人十代、女性天皇がいらっしゃいました。
話は単純で、これが女性天皇の説明となります。

女性天皇と「女系天皇」の違いがわかっていない人の多くは、両者を混同していて、同じような意味だと思っていることが殆どです。
ということは、以上の説明から、「じゃあ、女系天皇って、一体何?」となると思われます。

別に「女系天皇」は、女性だけとは限らず、男性の「女系天皇」の場合もあるのです。

まずは、「男系」と「女系」の違いを説明をします。
初歩的過ぎて、なめているのか、と思われるかもしれませんが、ご容赦ください。

過去に甲さんという人物がいたと仮定します。
当然、甲さんには男の子も女の子のいます。
どちらの子も甲さんの血を受け継いでいることには変わりはありません、しかし?

「男系」とは、ずっと、甲さんの男子子孫のみで連綿続いた血統のことです。
甲さんの男の子の男の子の男の子の、と続いた血統のことになります。
途中で女の子が生まれることがあるかもしれませんが、その女の子の子孫では駄目なのです、つまり、途中で女子を経ない血統です。

「女系」は、ちょっとややこしくて、「男系」と違い二種類あります。
一つ目は、先に述べた「男系」の逆の意味で、甲さんの女子子孫のみで連綿続いた血統のことです。
甲さんの女の子の女の子の女の子の、と続いた血統のことになります。
そして、途中で男の子が生まれて、その男の子の子孫は「女系」ではない、とはならないのです、ややこしい。
これも「女系」と呼ばれ、二つ目の「女系」の意味になります。
即ち、「女系」には狭義の女性だけで連綿したという意味の「女系」と、広義の途中で一度でも女性を経たという意味の「女系」があるということになります。

つまり、「女系天皇」と言った場合、これは、「父方ではなく母方の血統で天皇(皇室)の血を継ぐ天皇」ということになります。
「女系天皇」と言うよりも「女系で皇室の血を引き即位した天皇」と呼んだ方が、長くなりますが正確で、誤解を招かない気がします。
具体的には、女性天皇・内親王・女王と非皇族の子孫で、ということになるでしょう。
女性天皇・内親王・女王が男性皇族に嫁いだ場合は、当然、両者の子は男性皇族側から見て男系子孫なので、即位されても男系天皇となり、何の問題もありません。
畏れ多くも、天皇陛下がそれに当たられます。

実は、この「女系天皇」は、女性天皇と違い、これまでの百二十五代の天皇の中に、ひとりもいらっしゃらないのです。

その理由を簡単に説明すると、八人十代の女性天皇は、それぞれ天皇や男性皇族を父親とする、れっきとした男系の女性天皇なのです。
そして、この女性天皇方は、男性天皇・男性皇族と結婚し死別された寡婦か、生涯独身で過ごされた方なので、その御子としての「女系天皇」は登場されなかったのです。
これらの女性天皇はよく「中継ぎ」であったと説明されている通り、現在のように、「男性皇族が減ったから、女性天皇の即位を」というわけではなく、本来皇位を継ぐべき親王が幼少であったために即位されるなど、種々の高度な政治的理由でご即位された方々なので、その後の皇位は他の男系皇族によって受け継がれていきました。

これで、女性天皇と「女系天皇」の違いについて、それなりに説明することができたと思います。

最後に、少し現在の政治的な話をはさみます。
もうお分かり頂けたと思いますが、現在、皇室典範改正問題で政府の方針に反対している人たち、私を含めて、がいますが、これは決して女性天皇の容認に反対しているわけではありません。
日本の歴史上未だ存在したことのない「女系天皇」の容認に対して、断固反対を唱えているのです。

では、何故、「女系天皇」はこれまで存在しなかったのか、何故、禁忌の存在なのか、という問題は、次回「氏姓制度」、「皇籍」、「臣籍」、また「易姓革命」という言葉から読み解いていきたいと思います。
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Comment

 

女性君主を女帝と女王に分けて考えてみました。女王はわりと各国とも多いようです。しかし女帝ともなると欧州でもなかなか前例がないようです。オーストリアのマリアテレジアは女帝ではなくて、正式には皇后ですね。入婿のフランツ陛下が正式の神聖ローマ皇帝です。次にロシアですが、ロシアにはピョートル大帝以降何人か女帝と和訳される女性君主がおられます。ピョートル大帝が対外的に皇帝・インペラートルの称号を用い始めた時、バチカン・ハプスブルグ家はロシアの皇帝称号を承認せず、ブルボン家は保留、オランダとプロイセンのみが承認したようです。しかしロシアが皇帝と称する以上、キリスト教世界の総本家ハプスブルグ家に承認されなければ何の意味もありません。ロシアが欧州の一等国として認められるようになるのはナポレオン戦争で連合国の勝利に貢献したアレクサンドル一世の頃です。従ってアレクサンドル一世以前のロシア君主は幾人かの「女帝」も含めて皇帝ではなく、国際的にはあくまでもモスクワ大公であるということではないでしょうか。キリスト教世界の理念上では皇帝・カエサル・インペラトールという称号はバチカンに公認されたハプスブルグ家の神聖ローマ皇帝唯一人に許されたものであり、ナポレオンが神聖ローマ帝国を解体してフランス皇帝を称した時に初めてロシア皇帝・ツアーリの称号も国際的に承認されたということではないでしょうか?。例外としてヴィクトリア女王のインド女帝があげられます。ただしインド帝国はアジアであり主権国家ではなく英国の植民地であるので問題外だと思います。また皇太子殿下が御訪問中のブラジル帝国には女帝はいらっしゃらなかったと思います。従って欧州史上ならびに白人の君主国では女帝は存在したことはないと解釈できると考えられます。主権国家の王朝が皇帝を称する限り理念上女帝はありえないというのが世界史の法則であるという気がしますが。
  • posted by ツシマ 
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  • 2008.06/21 02:38分 
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女帝と女王 

ツシマ様

お返事が遅れて申し訳ありません。

女性君主を女帝と女王にわけて考察してみるのは、なかなか面白い考えですね。所謂「帝号」を称している国と、「王号」を称している国とで、君主位と性別との関係に、差が見いだせるのか。ここでは、欧州及び白人の君主国に限定されていますが、帝位継承を男性に限定しているのは、「フランス帝国」、「ドイツ帝国」、場合により女性でも継承可能なのは、「オーストリア皇帝」、「ロシア帝国」、「ブラジル帝国」など、この辺りでしょうか。 「神聖ローマ帝国」は選出なので、除外したいと思います。また、場合により、時代や状況などで帝国と称したり見なされる国々もありますが、これも同じく除外します。この中で、実際に女帝が即位した例は、ロシア帝国の女帝方のみですが、これは、ツシマ様が仰る通り、色々ありますので、念のために除外します。しかし、亡命帝室の継承も対象と出来るなら、ブラジルのイザベラ女帝と、ロシアのマリア女帝が含まれます。上記から、私自身は、帝位継承法で女帝の即位が可能となっている、また実際に亡命地で即位している女帝がいることなどを考慮して、理念上、「帝号」の国々で女帝はあり得ないことはない、と解すべきだと考えます。そもそも帝号を称している国が少ないこと、女性君主は、男子が絶えた場合、君主に男子が不在の場合に予想されており、その登場可能性が低いことが、この問題を分かり難くしているのではないでしょうか。また、ツシマ様が書かれている通り、ロシアのケースのように、「帝号」一つとっても、侃々諤々の議論があり、その継承に関しても、国により時代により地域により、様々な要因があります。果たして、「帝号」の国々に共有された理論や見解が存在したのか、問題が大きすぎて、私には見当もつきません(汗)

「ロシアが皇帝と称する以上、キリスト教世界の総本家ハプスブルグ家に承認されなければ何の意味もありません。」というのは初見でした。宜しければ、詳しくご教授下さい。

最後になりますが、この話題については、私もわからないことが多く、皆様の御意見も伺いたいと思います。もしご覧になっていたら、僭越ですが、是非、書き込みをお願いします。
  • posted by 西京子 
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  • 2008.06/29 18:15分 
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ナポレオンが少尉から皇帝に成りあがったのちに皆が初めて気づいたのです。皇帝という称号はハプスブルグ家の人間でなくても名乗ってもいいということにです。それまでロマノフ家はハプスブルグ家の神聖ローマ皇帝を承認する代わりにロマノフ家のツアーリの称号の承認を求めましたが相手にされず、ナポレオン戦争でローマ教会とハプスブルグ家を中心とした既成秩序が破壊されるのを待たねばならなかったのです。これ以降皇帝は名乗り放題となりました。ブラジル女帝だろうが、メキシコ皇帝だろうが、ブルガリア皇帝だろうがです。皇帝のデフレ現象です。欧州世界で皇帝の称号に値打ちがあったのはナポレオンに退位させられたフランツ二世?までだと考えます。ナポレオン以降の皇帝称号に何の意味もない以上女帝にも意味はありません。デフレ時代以前の神聖ローマ皇帝位の継承で問題になるのはやはりマリア・テレジアです。彼女は結局女帝ではなく皇后にしかなれなかったわけです。いろいろと意見があると思われますが、日本ももっと欧州の歴史に学ぶべきでしょうね。
  • posted by ツシマ 
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  • 2008.07/04 22:46分 
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ローマと女帝 

ツシマ様

お返事をありがとうございます。

成る程、神聖ローマ皇帝は、ロマノフ家のツァーリの称号を認めていなかったのですね。ロシア皇帝の称号の対外関係については疎く、初めて知りました。

仰る通り、ナポレオンの皇帝即位の後は、「帝号」は名乗り放題、インフレ状態ですね。ナポレオンが伝統的ヨーロッパの世界観に与えた影響を改めて思い知らされます。ここで新たに、欧州もしくは白人の君主国という基準に、ナポレオン以前という項目を加えると、古代ローマ帝国・東ローマ帝国(ビザンティン時代を含む)・西ローマ帝国・(その後継たる)神聖ローマ帝国などに限定されるのではないでしょうか。ラテン帝国やその成立により、各地で誕生した東ローマ系諸国、並びに東ローマに対抗して「帝号」を称したブルガリアやセルビアなどは、その特殊性から除外したいと思います。ローマ及び東西ローマは、基本的に世襲ですが、例外も数多くあり、帝位継承資格に一定の決まりはあったものの、必ず守られるものではありませんでした。東ローマには数例の女帝があり、武則天のように強権的に即位していないケースもあります。転じて、神聖ローマには女帝の例はありません。神聖ローマは、ゲルマンの風習が強く反映しており、女帝の登極が出来ないとしても、皇帝選出は選挙によるものです。血統原理ではない、例外的な帝位であり、他の帝位と比べるのは難しいのではないでしょうか。こうして見ると、帝位継承に関しては、東西ローマともに、他国の影響を受けつつも、独自の変化を遂げているように感じます。そもそも論になりますが、本朝の「天皇」号と欧州の「Emperor」(に代表される)号とは、全く異なる世界観から誕生したものです。偶々、「王」や「King」等の東西両世界(より細分化するべきかもしれません)の君主号の基本的単位の上の号という共通性から、同等のものと認識されています。ナポレオン以前の「Emperor」号の国が「Empress」を認める理念があるか、ないかは、「天皇」号の問題とは関連性はあまりないのではないでしょうか。たとえ、東西世界のボーダレス化が進む現代世界において、「皇帝」号、「シャー」号、「Emperor」号などが限りなく近い存在となっているとしても、その国にはその国の歴史・伝統があり、「うちはうち、よそはよそ」であると、私自身は考えています。

・・・書いてるうちに、何が言いたいのか、自分でよくわからなくなってきました(滝汗)
  • posted by 西京子 
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  • 2008.07/05 15:32分 
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仰るとおりですね。考えているうちに禅問答のようになってしまいました。東ローマに女帝が在位していた歴史があったとは知りませんでした。しかしその女帝の方々は正式にはマリアテレジア型の「皇后」であって夫君(がいらっしゃれば)のほうが本当の東ローマ皇帝ということでないのであれば問題はないと思いんすが。東ローマの女帝が誕生した経緯は研究してみたいと思います。
日本の文化文明は中華の影響を色濃く受けているので、やはりチャイナの諸王朝が則天武后以外に女帝の存在を許容しなかったという事実は重いと思います。則天武后ですらクーデターで帝位を奪取したので皇帝としての正統性を欠如していると言わざる負えないでしょう。日本に女帝が誕生したときに憂慮されることの一つ目は2000年の歴史のなかで女帝の即位を認めなかったチャイナが日本の「女帝」をどうかんがえるかということです。二つ目は日本の共和制支持層の動きです。彼らは女帝を容認しておいて、いざ女帝が誕生したら今度は女帝の正統性に疑義を唱えるようになるのではないでしょうか。西さんの研究のとおり女帝はピンチヒッターであり、日本の女帝は未婚の内親王か未亡人の皇太后かのどちらかです。従って女帝が結婚して儲けた親王・内親王が皇位継承されたことはいまだかつてなかったはずです。結局旧皇族の皇籍復帰を認めず、女帝の子孫の登極も認めず、ということで正統な皇位継承者を全て抹殺して共和制に持ち込むという筋書きが予想されます。このような共和制支持層の策略は十分予想されることです。
西さんのブログはいろいろと勉強になりこれからも楽しみに読ませていただくつもりです。

武則天と則天武后 

ツシマ様

最初に一言、私のHNは「西京子」で「さいきょうし」と読みます(笑)
よく間違えられるので、お気になさらずに。

仰る通り、日本と中華さんの文明文化の関係は、鈴屋大人からの重大な主題です。ただ、中華さんの影響は、皇室制度の整備という外面的なものが大きいと考えています。中華さんにおいて、武則天(則天武后)の正統性については難しい問題ですね。中華さんは、天命というか正統性の問題に関して、かなり特化した思想があるので、そこら辺を考慮することも必要だと思います。この場合の正統性とは、後世の評価という面が多分にあり、時代により変化していくことも念頭に置かねばなりません。中華さんは今のところ一代帝政なので、今後の変化は当分、考慮しなくて構いませんが(オイ)この場合、女帝故に認められないことよりも、武則天が自らの遺言により、皇后として埋葬されたことが主因となっている気がします。正統性の権化である正史「旧唐書」・「新唐書」共に、則天武后の項目が立てられており「僭称者」として載せられていない、「自称皇帝」達が多く存在していることを加味すれば、ある程度の正統性は認められているのではないでしょうか。また、中華さんの歴史では、政変で帝位に登るのは常套手段なので、中華さん的感覚からは、クーデター自体は許容範囲かもしれません(苦笑)う~ん、正統性を「即位」(形式的という意味)と「在位」(実質的という意味)に分けて考えたがいいのかなあ・・・。
※文体がはぐらかした様になっているのは、中華さんの歴史に詳しい方からのつっこみが入った際に、速やかに従うためです(オイ)

確か、皇室典範改正問題の際に、とある中国人の方が、女系容認を王朝交代と認識している(とほのめかしている)論文を見た覚えがあり、「やっぱりなあ」と思った記憶があります。

かような勢力の策謀ですが、様々なケースを想定して、そのようなことが起きないように、対策をとることが肝心かと思います。

私もツシマ様の書き込みから、新たな発想や多くの示唆を頂き、本当に感謝しております。
  • posted by 西京子 
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  • 2008.07/13 12:23分 
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西京子さんでしたか?。プロフィール欄に全く関心なく失礼しました。西京子さんのブログは東西古今の有職故実満載で辞書代わりに読ませていただいております。

有職故実 

ツシマ様

開始当初は、日本の有職故実(といっても官位に特化して、装束は扱わない予定)を中心にしたブログにしようと考えていました。しかし、色々な都合で、いつの間にか、今のような形になってしまい、自分でも驚いています(笑)辞書代わりに読んで頂ければ光栄です。
  • posted by 西京子 
  • URL 
  • 2008.07/15 02:29分 
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ウィキペディアで調べただけですが、東ローマの女帝は皇帝の皇后、皇女が変則的に即位したようで、女帝が即位後に結婚して生まれた皇子が皇位継承した例は乏しいようですが。この点は日本に似ていますね。やはり東西分裂前の古代ローマ帝国で女性がカエサルになったことがなかったという事実は東ローマ帝国でも重視されていたと考えます。やはり国王ではなくて皇帝(天皇)と名乗るからには東西のいにしえの帝国の歴史を研究することはとても大事なことですね。オーストリアのマリア・テレジア(女帝)にしてもスペインのイサベル2世(?)女王にしても男系から女系に無理矢理変えようとして戦争や内戦が勃発して王家や国家に深い傷を負わせています。EU域内の諸王国は平和ですが、日本は中韓台のどこともうまくいっていませんから、やはり女帝問題は君主制時代に女性君主が君臨したことのなかった近隣の反日諸国の視線も重視しなければなりません。紀子様に第二皇子をお願いしたいところですが年齢で大変ですよね。

女帝 

ツシマ様

先日、『生き残った帝国ビザンティン』を読んだのですが、著者の井上浩一氏は、軍事司令官たるインペラートルゆえに女帝は不可能だったのではないか、と推測されていました。カルリスタ戦争などは、国民皆が念頭に入れておくべき憂事であると思います。
  • posted by 西京子 
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  • 2008.08/01 15:15分 
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    ・今年も早いもので十二月になりました。皆さま、ご多忙の時期とは思いますが、無理をなさりませんよう。
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    ・現在、更新が遅れています。大変申し訳ありません。

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