西京子の備忘録

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皇族方の御称号について

皇族方の御称号については、私達は普段から、敬宮様など、御呼びしています。
今回はこの御称号について、その歴史を見てみたいと思います。

現今の皇族方の御称号の起源は、明治八年一月十八日に定められた、皇子女誕生関係諸式によります。

「一從前某宮ノ別稱ハ廢セラレ親王宣下ノ後ハ某仁親王某子内親王ト稱シ宣下アラサル間ハ某仁
  皇子某仁皇女ト稱スヘシ
   但シ臣民ヨリ直チニ某仁親王某仁皇子ト稱シ奉ランハ不敬ニモ渉リ可申候間別殿御住居ノ殿
   名ヲ以テ宮ノ號ニ定メラレ假令ハ某仁親王御稱號ノ某宮ト御布告ニ相成リ臣民ヨリハ右御稱
   號ノ某宮ヲ以テ稱シ奉ルヘシ」

従前某宮の別称、というのは、明治天皇の「祐宮」、親子内親王の「和宮」、また親王家では、威仁親王の「稠宮」、載仁親王の「易宮」などの宮号のことです。
「○宮」の号を廃して、新たに「○宮」の号を設けるのですから、矛盾しているようですが、これは前者が自称、後者が他称ということです。
これまでの「和宮」等は、民間における通称に比されると考えれば判明しやすいかもしれません。

種々、わかりやすいように、実際、御称号に関する記録を順を追って抜粋してみました。
(『法令全書』、『太政官日誌』、『官報』、『法規分類大全』等に拠っています。)

薫子内親王(梅宮)明治天皇第二皇女子
明治八年太政官布告第八號(一月二十九日)
「皇女御名子ト被命梅ノ御殿ニ御住居被爲在候條梅宮ト可奉稱候此旨布告候事」

敬仁親王(建宮)明治天皇第二皇男子
明治十年太政官布告第六十九號(九月二十九日)
「皇子御名敬仁ト被命建ノ御殿ニ御住居被爲在候條建宮ト可奉稱此旨布告候事」

嘉仁親王(明宮)明治天皇第三皇男子
明治十二年太政官布告無號(九月六日)
「皇子御名嘉仁ト被命明宮ト可奉稱此旨布告候事」
※「二十二年十一月三日皇太子ニ立セラレ東宮ト奉稱ス」

韶子内親王(滋宮)明治天皇第三皇女子
明治十四年太政官布告無號(八月九日)
「皇女御名韶子ト被命滋宮ト可奉稱此旨布告候事」

章子内親王(増宮)明治天皇第四皇女子
明治十六年太政官告示第二號(二月一日)
「皇女御名章子ト被命宮ト奉稱ス
 右告示候事」

静子内親王(久宮)明治天皇第五皇女子
なし

猷仁親王(昭宮)明治天皇第四皇男子
なし

昌子内親王(常宮)明治天皇第六皇女子
なし
※「宮内省ヨリ皇族親任官其他ヘ通牒
  皇女御名昌子ト被命 常宮ト奉稱候此段申進候也」

房子内親王(周宮)明治天皇第七皇女子
明治二十三年宮内省告示第八號
「皇女御名房子ト命セラレ周宮ト稱シ奉ル
   明治二十三年二月三日  宮内大臣子爵土方久元」

允子内親王(富美宮)明治天皇第八皇女子
明治二十四年宮内省告示第十三號
「皇女御名允子ト命セラレ富美宮ト稱シ奉ル
   明治二十四年八月十三日  宮内大臣子爵土方久元」

輝仁親王(満宮)明治天皇第五皇男子
明治二十六年宮内省告示第五號
「皇子御名輝仁ト命セラレ滿宮ト稱シ奉ル
   明治二十六年十二月七日  宮内大臣子爵土方久元」

聡子内親王(泰宮)明治天皇第九皇女子
明治二十九年宮内省告示第三號
「皇女御名聰子ト命セラレ泰宮ト稱シ奉ル
   明治二十九年五月十七日  宮内大臣伯爵土方久元」

多喜子内親王(貞宮)明治天皇第十皇女子
明治三十年宮内省告示第十八號
「皇女御名多喜子ト命セラレ貞宮ト稱シ奉ル
   明治三十年十月一日  宮内大臣伯爵土方久元」

裕仁親王(迪宮)大正天皇第一皇男子
明治三十四年宮内省告示第八號
「四月二十九日午後十時十分降誕アラセラレタル親王御名ヲ裕仁ト命セラレ迪宮ト稱シ奉ル
   明治三十四年五月五日  宮内大臣子爵田中光顯」

雍仁親王(淳宮)大正天皇第二皇男子
明治三十五年宮内省告示第七號
「六月二十五日午前七時三十分誕生アラセラレタル 皇太子殿下ノ王男子名ヲ雍仁ト命セラレ淳宮ト稱セラル
   明治三十五年七月一日  宮内大臣子爵田中光顯」

宣仁親王(光宮)大正天皇第三皇男子
明治三十八年宮内省告示第二號
「一月三日午後七時二十八分誕生アラセラレタル 皇太子殿下ノ王男子名ヲ宣仁ト命セラレ光宮ト稱セラル
   明治三十八年一月九日  宮内大臣子爵田中光顯」

崇仁親王(澄宮)大正天皇第四皇男子
大正四年宮内省告示第三十一號
「十二月二日午後七時三十五分誕生アラセラレタル皇男子ニ名ヲ崇仁ト命セラレ澄宮ト稱セラル
   大正四年十二月八日  宮内大臣 男爵波多野敬直」

成子内親王(照宮)昭和天皇第一皇女子
大正十四年宮内省告示第三十三號
「本月六日午後八時十分御誕生在ラセラレタル内親王御名ヲ成子ト命セラレ照宮ト稱セラル
   大正十四年十二月十二日  宮内大臣 一木喜郎」

祐子内親王(久宮)昭和天皇第二皇女子
昭和二年宮内省告示第十七號
「九月十日午前四時四十二分御誕生アラセラレタル内親王御名ヲ祐子ト命セラレ久宮ト稱セラル
   昭和二年九月十六日  宮内大臣 一木喜郎」

和子内親王(孝宮)昭和天皇第三皇女子
昭和四年宮内省告示第三十八號
「九月三十日午前六時十五分御誕生アラセラレタル内親王御名ヲ和子ト命セラレ孝宮ト稱セラル
   昭和四年十月六日  宮内大臣 一木喜郎」

厚子内親王(順宮)昭和天皇第四皇女子
昭和六年宮内省告示第六號
「本月七日午後零時二分御誕生アラセラレタル内親王御名ヲ厚子ト命セラレ順宮ト稱セラル
   昭和六年三月十三日  宮内大臣 一木喜郎」

明仁親王(継宮)昭和天皇第一皇男子
昭和八年宮内省告示第三十三號
「本月二十三日午前六時三十九分御誕生アラセラレタル親王御名ヲ明仁ト命セラレ繼宮ト稱セラル
   昭和八年十二月二十九日  宮内大臣 湯淺 倉平」

正仁親王(義宮)昭和天皇第二皇男子
昭和十年宮内省告示第三十號
「十一月二十八日午前七時五十七分御誕生アラセラレタル親王御名ヲ正仁ト命セラレ義宮ト稱セラル
   昭和十年十二月四日  宮内大臣 湯淺 倉平」

貴子内親王(清宮)昭和天皇第五皇女子
昭和十四年宮内省告示第七號
「本月二日午後四時三十五分御誕生アラセラレタル内親王御名ヲ貴子ト命セラレ宮ト稱セラル
   昭和十四年三月八日  宮内大臣 松平 恒雄」

徳仁親王(浩宮)今上天皇第一皇男子
昭和三十五年宮内庁告示第三号
「本月二十三日午後四時十五分御誕生になつた親王殿下は、御名を徳仁と命ぜられ、浩宮と称される。
   昭和三十五年二月二十九日  宮内庁長官 宇佐美 毅」

文仁親王(礼宮)今上天皇第二皇男子
昭和四十年宮内庁告示第七号
「十一月三十日午前零時二十二分御誕生になつた親王殿下は、御名を文仁と命ぜられ、礼宮と称される。
   昭和四十年十二月六日  宮内庁長官 宇佐美 毅」

清子内親王(紀宮)今上天皇第一皇女子
昭和四十四年宮内庁告示第五号
「四月十八日午後八時三十六分御誕生になつた内親王殿下は、御名を清子と命ぜられ、紀宮と称される。
   昭和四十四年四月二十四日  宮内庁長官 宇佐美 毅」

愛子内親王(敬宮)皇太子徳仁親王第一王女子
平成十三年宮内庁告示第十五号
「十二月一日午後二時四十三分御誕生になった内親王殿下は、御名を愛子と命ぜられ、敬宮と称される。
   平成十三年十二月七日  宮内庁長官 湯浅 利夫」

雍仁親王以降、奉称の類の表現が使われていないなど、色々と文言の細かい変更もあって興味深いことになっています。

また、静子内親王、猷仁親王、昌子内親王に関する告示がなされていないのは、太政官制から内閣制に移行、また官報の創設直後、という時期が関連していると思われます。

後日、少し増補するかもしれません。

※「祐」の旧字体が出ませんでした。
※※原文中、御名・御称号には振り仮名が付されています。
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Comment

 

こうしてリスト化なされたものを眺めると色々と興味深いですね。
お疲れ様でした。
  • posted by dzlfox 
  • URL 
  • 2005.12/02 16:24分 
  • [Edit]
  • [Res]

 

dzlfoxさま。
ありがとうございます。
気分転換というと、差しさわりがあるかもしれませんが、そんな感じで書いてみました。
自分でもリスト化する作業がなかなか面白かったです。
  • posted by 西京子 
  • URL 
  • 2005.12/02 18:44分 
  • [Edit]
  • [Res]

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