西京子の備忘録

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正月十一日の出来事

・Prince David Bagration-MoukhranskyとHSH Princess Anna Bagration-Gruzinskyが今年二月八日にトビリシに於いてご結婚されることが発表になりました。余りにも驚いたので、ちょっと記事にしてしまいました。

〔追記〕
グルジア王家のバグラチオン家には多くの系統がありますが、現在グルジア王位を継承していると目される家系は二つあります。一方はPrincess Annaの父、HSH Prince Nugzar Bagration-Gruzinskyを家長とするGruzinsky家、もう一方はPrince Davidを家長とするMoukhransky家です。Gruzinsky家は最後のグルジア王ゲオルギー12世の直系の男系子孫です。またMoukhransky家はバグラチオン家の支流でムフラニ公国を支配していた家系です。グルジア王国のロシア帝国への併合後、両家はそれぞれ、Gruzinsky公爵、Moukhransky公爵に叙され、前者はその由緒から特にSerene highnessの敬称も授与されました。元々はGruzinsky家がバグラチオン家家長の地位を継承していると見なされていたようですが、1957年にPrince Davidの祖父、Prince Iraklyがグルジア王位を称し現在の状況が生じたようです。ロシア革命後、Gruzinsky家はソ連領内に残留しその消息が不明瞭になっていました。しかし、Moukhransky家は西側に亡命し、Prince Irakly自身のスペイン王アルフォンソ12世の孫であるHRH Infanta Maria de las Mercedes of Spainとの再婚、その妹Princess Leonidaの亡命ロシア皇帝ウラジミールとの再婚などにより、認知度においてGruzinsky家を圧倒していきました。そして、ついにソ連崩壊、独立したグルジア共和国の王党派政党はPrince NugzarではなくPrince Davidの父Prince Jorgeに王政復古の要請を打診するまでに至ったようです。昨年一月にPrince Jorgeが逝去すると、長男のPrince Iraklyは王位継承権を放棄、グルジアに帰国していた次男のPrince DavidがMoukhransky系グルジア王位を継承しました。これに対してPrince Nugzarの公子女は長女Princess Annaと次女Princess Mayaの二女のみで、Gruzinsky系グルジア王位とGruzinsky公爵家は将来的に分離する公算が高くなっていました。そんな中での今回の発表だったわけです。Gruzinsky公爵家には、Prince Nugzarよりも若い公子がおられないようです。顧みてMoukhransky公爵家には、王位の正統性において劣っている感が否めません。そのためこの結婚は両家にとって互いに素晴らしい結果をもたらすことになりそうです。ん、もしかして、もう少しで手が届きそうなところまで来ているのでしょうか?

実は未だにちょっと疑っている部分もあるんですが。

バグラチオン家の歴史についてはAMU様の記事「ロイヤル・プリテンダー」内の「グルジア王太子ゲオルギー」に詳しく書かれていますので、そちらを是非ご覧になって下さい。

〔追々記〕
バグラチオン家の方々の称号敬称の英語表記をどうすれば良いか少し悩んだのですが、結局無難なところでロシア貴族としての表記にしました。・・・無難か?

〔追々々記〕
まだ一月ですが、今年はこれ以上驚くことはないと思います(オイ)
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Comment

 

そういえば西京子様の以前の記事によりますとスペイン国王がマヤ、アステカ、インカの各皇帝の子孫を叙爵して貴族に取り立てたそうですが、旧グルジア王家のように存続していらっしゃるものなのでしょうか?。インド・ムガール王家も英国によるビルマ流刑後いかなる運命をたどったのでしょうね?またビルマ王家は英国の侵攻で皆殺しにされたようですが。個人的にはロシアやスペインの植民地統治は英国よりも厳しかったような印象をもっていました。しかし植民地の旧王家への処遇を眺めるとそうとばかりも言えない気がします。特にロシアのユスーポフ公爵家の例でもわかるとおり、植民地の旧王家とロシア皇室との通婚を認めているくらいですから。ということはカザン汗国やクリミア汗国の旧王家もロシア帝国内でそれなりの処遇をうけていたのでしょうか?。ちなみに旧ハワイ王家も復璧しないかなと楽しみにしております。アメリカや英国などの旧王家への処遇をみると朝鮮李王家を王公族として処遇した日本帝国の方がはよほど紳士的であったと思いたいですね。現在のアフガニスタンも旧王家を復壁させるのが国家安康への本道だと思います。アメリカは本当にバカですね。
  • posted by ツシマ 
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  • 2009.01/24 13:04分 
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植民地 

ツシマ様

さて、「マヤ、アステカ、インカの各皇帝の子孫」について愚ブログで取り上げたことはありませんが・・・。それぞれ(女系で)アステカ王家の血を引くMoctezuma公爵、インカ皇室の血を引くOropesa侯爵などがあったようですが、爵位の移動の激しいスペイン貴族ですから、現在どうなっているのかは知りません。(この文章は表現が適切でないです・・・)

ムガル皇室は、幾つか現存する系統があって、バハードゥル・シャー2世とは別系統の子孫が、英国から当主として遇されていたようです。また、私の知る限りですが、ビルマ王室はティーボー王一家がインドへ移された程度で、殺害された王族については不知です。

カザン汗国、クリミア汗国の汗の子孫は、それぞれカザンスキー公爵、ギレイ公爵に叙された系統があり、特に後者は現在まで存続しています。

植民地の待遇は、スペインとイギリスがどっこいどっこいでトップを争い、ロシアは大分後ろにいるのかなあ、と。ロシアの場合、どこからが植民地なのか、微妙に分かりづらいですが(苦笑)確かにロシア帝国は、ヨーロッパ・コーカサス・ペルシャ・モンゴル・トルコなど多種多様な民族から形成されていて、面白いなあと思うことが沢山あります。人種的包容力?のようなものは感じます。英国さんは分断支配がもの凄くもの凄く巧妙、というかお家芸なので、旧王室の処遇については、その辺も勘案した方がよいかも知れません。

君主国は君主国を創りたがり、共和国は共和国を創りたがる傾向を感じるんですが、気のせいでしょうか?アフガニスタン王室は、パシュトゥーン系なので、仰る通りだと思います。
  • posted by 西京子 
  • URL 
  • 2009.01/26 01:38分 
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君主国は君主国を創りたがり、共和国は共和国を創りたがる傾向を感じるんです・・・まさしく、ですね。欧州のように歴史的かつ何らかの姻戚関係の網の目によって相互支援しながら生き延びてきた君主国群と違って、日本の近隣は全て共和国です。日本は米中露三超大国に包囲されています。日本がこのような専制的かつ独善的な共和国群に包囲されているという稀に見る地勢的環境で世襲君主制度を維持してきた努力を無にしてはならないと感じます。そして日本という君主国の前途の厳しさに思いを馳せざるおえませんね。もっとも大清帝国とロシア帝国の君主制を瓦解させてしまった遠因は日清・日露戦争にあります。とするならば、日清・日露戦争なしに日中露三君主国が何とか共存していく道はなかったのかなと、ふと答えのない思考迷路に陥ったりします。清朝が存続していればチベット問題はなかったでしょうし、ロシア帝国がアレクサンドル2世の御代頃から穏やかに立憲君主政治に移行して存続していれば世界の歴史が共産主義という脱線現象で後退することもなかったでしょう。などと夢想しております。米国への当てつけにハワイ王家の御子孫に菊花勲章でも贈呈する骨のある首相は出てこないかなと(苦笑)。これからも西京子大学文学部の通信講座を楽しみにさせていただきます。
  • posted by ツシマ 
  • URL 
  • 2009.01/31 00:15分 
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日清日露 

ツシマ様

ウィーン体制ではありませんが、そのような作用が極東にもあれば、状況は大いに変わったというか、面白かったでしょうね。

確かに、大清やロシア帝国が崩壊してしまった一因は、あるかもしれません(笑)特にロシアに関しては明石男の工作が大きかったと言いますし。日露協約など、両国関係がかなり改善していただけに、残念と言えば残念です。

果たして、ロシアで立憲君主制が根付いたかどうか(爆)現在の状況を鑑みてもそう感じてしまいますが。

そんな気骨のある首相が出れば良いですね。私の生きている間に実現するか・・・。

大学ですか(苦笑)個人的には寺子屋の方が嬉しいです(オイ)
  • posted by 西京子 
  • URL 
  • 2009.02/02 17:51分 
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    ・同20日は彬子女王殿下の25歳の御誕生日です。
    ・同29日は佳子内親王殿下の12歳の御誕生日です。

    ・今年も早いもので十二月になりました。皆さま、ご多忙の時期とは思いますが、無理をなさりませんよう。
    ・最近はテレビを視聴していないので、今期は殆どついて行けてません(謎)

    ・現在、更新が遅れています。大変申し訳ありません。

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