西京子の備忘録

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ロマノフ家と貴賤結婚(男性皇族編)

(前略)

①革命前に同等結婚の両親から誕生し革命後に結婚された方

・ボリス大公(HIH Grand Duke Boris Vladimirovitch of Russia)
アレクサンドル二世の第三皇子ウラジーミル大公の第三王子
1877/11/24-1943/11/09 パリに於いて薨去
1919年Zinaida Rachevskyaと貴賤結婚

・アンドレイ大公(HIH Grand Duke Andrei Vladimirovitch of Russia)
アレクサンドル二世の第三皇子ウラジーミル大公の第四王子
1879/05/14-1956/10/30 パリに於いて薨去
1921年Mathilde Kschessinskaと貴賤結婚し一男(準正)
※Mathilde Kschessinskaは1935年HSH Princess Romanovskaya-Krassinskayaに叙される

・ドミトリー大公(HIH Grand Duke Dimitri Pavlovitch of Russia)
アレクサンドル二世の第六皇子パーヴェル大公の第一王子
1891/09/18-1942/03/05 スイスに於いて薨去
1926年Audrey Emeryと貴賤結婚し一男(離婚)
※Audrey Emeryは1935年HSH Princess Romanovskaya-Ilyinskayaに叙される

・フセヴォロド公(HH Prince Vsevolod Ivanovich of Russia)
ニコライ一世の第二皇子コンスタンチン大公の第二王子コンスタンチン大公の第一王子イヴァン公の第一王子
1914/01/20-1973/06/18 ロンドンに於いて薨去
1939年Lady Mary Lygonと貴賤結婚(離婚)
※Lady Mary Lygonは1939年HSH Princess Romanovskaya-Pavlovskayaに叙される
1956年Emilia de Gosztónyiと貴賤結婚(離婚)
※Emilia de Gosztónyiは1956年HSH Princess Romanovskayaに叙される
1961年Valli Knustと貴賤結婚
※Valli Knustは1961年HSH Princess Romanovskaya-Knustに叙される

・ガヴリール公(HH Prince Gabriel Konstantinovitch of Russia)
ニコライ一世の第二皇子コンスタンチン大公の第二王子コンスタンチン大公の第二王子
1887/07/15-1955/02/28 パリに於いて薨去
1917/04/09Antonia Nesterovskyaと貴賤結婚(死別)
※Antonia Nesterovskyaは1935年HSH Princess Romanovskaya-Strelynskaiaに叙される
1951年Princess Irina Ivanovna Kurakinaと貴賤結婚
(Kurakin公爵家はゲディミナス朝の支流)
※Princess Irina Ivanovna Kurakinaは1951年HSH Princess Romanovskayaに叙される
1939年キリル大公に対する長年の支援によりHIH Grand Duke of Russiaに叙される

・ローマン公(HH Prince Roman Petrovitch of Russia)
ニコライ一世の第三皇子ニコライ大公の第二王子ピョートル大公の第一王子
1896/10/17-1978/10/23 ローマに於いて薨去
1921年Countess Prascovia Cheremetevaと貴賤結婚し二男
(Cheremetev伯爵家は1706年叙爵の記念すべきロシア帝国最初の伯爵家)

・アンドレイ公(HH Prince Andrei Aleksandrovitch of Russia)
ニコライ一世の第四皇子ミハイル大公の第四王子アレクサンドル大公の第一王子
1897/01/24-1981/05/08 イギリスに於いて薨去
1918年Donna Elisabetta Ruffoと貴賤結婚し二男一女(死別)
1942年Nadine McDougallと貴賤結婚し一女
※Nadine McDougallは1951年HSH Princess Romanovskayaに叙される

・フョードル公(HH Prince Feodor Aleksandrovitch of Russia)
ニコライ一世の第四皇子ミハイル大公の第四王子アレクサンドル大公の第二王子
1898/12/23-1968/11/30 フランスに於いて薨去
1923年HSH Princess Irina Pavlovna Paleyと貴賤結婚し一男一女(離婚)
(Paley公爵家はアレクサンドル二世の第六皇子パーヴェル大公の貴賤結婚の家系)
※Princess Irina Pavlovna Paleyは1951年HSH Princess Romanovskayaに叙される

・ニキータ公(HH Prince Nikita Aleksandrovitch of Russia)
ニコライ一世の第四皇子ミハイル大公の第四王子アレクサンドル大公の第三王子
1900/01/16-1974/09/12 フランスに於いて薨去
1922年Countess Maria Vorontzova-Daschkovaと貴賤結婚し二男
(Vorontsov-Dashkov伯爵家はリューリク朝の支流Dashkov公爵家の名跡を継ぐ家)
※Countess Maria Vorontzova-Daschkovaは1951年HSH Princess Romanovskayaに叙される

・ドミトリー公(HH Prince Dimitri Aleksandrovitch of Russia)
ニコライ一世の第四皇子ミハイル大公の第四王子アレクサンドル大公の第四王子
1901/08/15-1980/07/07 ロンドンに於いて薨去
1931年Countess Marina Golenistcheva-Koutouzovaと貴賤結婚し一女(離婚)
(Golenishchev-Kutouzov伯爵家はサンクト・ペテルブルク軍務知事を務めたパーヴェルの家系)
※Countess Marina Golenistcheva-Koutouzovaは1935年HSH Princess Romanovskaya-Koutouzovaに叙される
1954年Sheila Chisholmと貴賤結婚
※Sheila Chisholmは1954年HSH Princess Romanovskayaに叙される

・ロスチスラフ公(HH Prince Rostislav Aleksandrovitch of Russia)
ニコライ一世の第四皇子ミハイル大公の第四王子アレクサンドル大公の第五王子
1902/11/24-1978/07/31 フランスに於いて薨去
1928年Princess Alexandra Pavlovna Golitsynaと貴賤結婚し一男(離婚)
(Galitzine公爵家はゲディミナス朝の支流で言うまでもなくロシア貴族の名門)
※Princess Alexandra Pavlovna Golitsynaは1951年HSH Princess Romanovskayaに叙される
1944年Alice Eilkenと貴賤結婚し一男(離婚)
※Alice Eilkenは1951年HSH Princess Romanovskayaに叙される
1954年Hedwig von Chappuisと貴賤結婚
※Hedwig von Chappuisは19??年HSH Princess Romanovskayaに叙される

・ヴァシリー公(HH Prince Vassili Aleksandrovitch of Russia)
ニコライ一世の第四皇子ミハイル大公の第四王子アレクサンドル大公の第六王子
1907/07/07-1989/06/23 カリフォルニアに於いて薨去
1931年Princess Natalia Aleksandrovna Golitsynaと貴賤結婚し一女
※Princess Natalia Aleksandrovna Golitsynaは1951年HSH Princess Romanovskayaに叙される

②革命後に同等結婚の両親から誕生し結婚された方

・ウラジーミル公(HH Prince Vladimir Kirillovitch of Russia)
アレクサンドル二世の第三皇子ウラジーミル大公の第二王子キリル大公の第一王子
1917/08/30-1992/04/21 フロリダに於いて崩御
1948年Princess Leonida Georgievna Bagration-Moukhranskayaと結婚されたわけですが・・・兎に角一女
(Bagration-Moukhransky公爵家はバグラチオン家の支流)
1924年父大公のロシア皇帝登極宣言によりCzarevitch及びHIH Grand Duke of Russiaに叙される
1938年父大公の崩御により帝位を継承

ウラジーミル大公が同等結婚されたかどうかは、AMU様の「ロシア~亡命皇族の貴賎結婚~」と公爵殿下の「王国無き国王」に於ける一連の議論が参考になります

かくしてホルシュタイン=ゴットルプ=ロマノフ家の帝位継承権を保持する男子皇族は絶えてしまいました。

(後略)
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Comment

 

西京子様、こんばんわ。ミハイル・ミハイロヴィチ大公(1861年10月16日 - 1929年4月26日)、ニコライ1世の四男ミハイル・ニコラエヴィチ大公の次男。ウィキで見つけた方です。ミハイル大公はWWI以前にメーレンベルク伯爵家令嬢と貴賤結婚して、皇籍剥奪・国外追放となった大公です。令嬢は叔父ルクセンブルク大公からトービー女伯爵に叙爵され、夫君ミハイル大公とともに西欧で市民生活を送ったたために、ロシア革命下ボルシェビキによる虐殺を幸運にも免れた方です。このミハイル大公の長男ミハイル・ミハイロビッチ氏はトービー伯爵位を母君(令嬢)から襲爵し、イギリスに帰化されたそうです。ということは元ロシア皇族で、ルクセンブルクの伯爵号を名乗り、国籍はイギリスという典型的な欧州貴族の家系ということになりましょうか?。なぜミハイル大公を紹介したかと申しますと、西京子様のリストになく、たまたまある本にのっていたことを思い出したからです。その本は前述の「最後のロシア大公女マーリヤ」と同じ中公文庫の「ロマノフ家の最期」p348でニコライ2世一家救出作戦の項でみかけたからです。「最後のロシア大公女マーリヤ」と「ロマノフ家の最期」(もし蔵書されているようでしたら)併読されると非常に面白いかと。WWIと革命のダブルショックで混乱したロシアの内実を臨場感をもって体験できましょう。私は10年以上にわたって「ロマノフ家の最期」を精読してきましたが、ウィキペデイア等の
  • posted by ツシマ 
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  • 2009.06/12 22:17分 
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ごめんなさい。それでウィキペディア等のネットのおかげで複雑なエカテリンブルグ事件前後のロマノフ家周辺の錯綜した人間関係を整理できました。西京子様もご存じのとおり、去年2008にニコライ2世御一家の名誉回復がなされましたが、「ロマノフ家の最期」で提起された謎の多くがいまだに解明されておらず、大きな闇を抱えた状態と考えます。西京子様は如何お考えでしょうか。ちなみにルクセンブルクの爵位を保持しつつイギリス国籍を取得した場合、イギリスでも貴族の礼遇をうけられるものなのでしょうか?。
  • posted by ツシマ 
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  • 2009.06/12 22:27分 
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ミハイル大公 

ツシマ様

こんばんは。

ミハイル大公を愚リストに載せていないのは、革命以前に貴賤結婚されたためです。仰る通り、ミハイル大公夫人のCountess Sophie von Merenberg(Torby)はナッサウ公子ニコラウス・ヴィルヘルムとプーシキン家の女性との貴賤結婚の息女です。二代続けての貴賤結婚ということでなかなか面白い事例ですね。(Torby伯爵家の方々がプーシキン家を通してアフリカ人のアブラム・ペトロヴィチ・ガンニバルの子孫なことも興味深いですが)

イギリス臣民が外国由来の称号を国内で公式に名乗るためには、Royal Warrantの発行を受けなければなりません。残念ながら1932年以後外国由来の爵位に対する勅許は行われていないそうです。ちなみにミハイル大公の長女Anastasiaは1917年に同伯爵位の使用を止める代わりにジョージ五世より伯爵令嬢(Lady)待遇のRoyal Warrantを発行されています。この辺りはエドワード・グライヒェンやギリシア王女キャサリーナと同じ例だと思います。

残念ながら『ロマノフ家の最期』は知りませんでした。近くの図書館にでもあれば良いのですが・・・。フランス革命の時のヴァレンヌ事件など、なかなかあの手のテーマは心臓に悪く読めません(涙)
  • posted by 西京子 
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  • 2009.06/13 03:56分 
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西京子様、どうもありがとうございました。トービー伯爵家の件ですが、つまりアナスタシア・ミハイロヴナ嬢は一代限りの伯爵令嬢ということでしょうね。一代限りと言いますと、最近英国貴族院議長としてアフリカ系女性が初めて就任し一代男爵に叙任された?ということを仄聞しました。英国ではKGCやKCのような高位の勲章を受章することによってのみ一代貴族に叙爵されるものとばかり思っていました。前述の貴族院(枢密院?)議長の一代女男爵の爵位は子孫に相伝を許されないのでしょうから、徳川幕府で在職期間中のみ知行を加増する足高の制に相当するのでしょうか。それにしても一代男爵とは合理的な制度ですね。叙勲ではなく、官職就任による叙爵は他に例がありましょうか?。ハナシが横道にそれますが、ジョージ5世が新興資本家向けにブリティッシュ・エンパイア勲章を創設したように、日本でも宮内庁あたりが予算獲得のために高額納税者向けの新しい勲章を作れば皇室費の足しになるかと。戦前でも高額納税者に男爵を叙爵していたようですし。
  • posted by ツシマ 
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  • 2009.06/13 23:26分 
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英国貴族院 

ツシマ様

2006年に貴族院議長に就任されたHayman女男爵が、アフリカ系という話は聞いたことがありません。恐らく違うのでは?とは思うのですが・・・。

英国では有爵者=貴族院議員なので、叙爵されて貴族院議員となった方々の中から議長が選ばれます。官職・叙勲・叙爵が連動しているわけではなく、各界で功績を上げた人々から内閣の推薦を経て国王陛下より叙爵されるようです。政治家の場合では下院議員辞職とともに一代男爵に叙されるのが通例のようです。ガーター騎士でも有爵者でない方もいるように、(新規の)叙爵者でも叙勲されていない方も沢山居ます。(ちなみにHayman女男爵が叙爵されたのは1996年で、現在も叙勲されていません)

足高の制とは、なかなか言い得て妙ですね。一代男爵の方が世襲爵位よりも広く叙爵出来るという点では利があると思います。官職や叙勲と叙爵が連動しているというと、ロシア帝国の例が思い浮かびます。

帝国憲法下に於いて、高額納税者に対して叙爵されたことはありません。高額納税者に認められていたのは、多額納税者議員となる若しくは互選する権利です。三井旧男爵家や鴻池旧男爵家など財閥系への叙爵は、維新後の日本経済の発展に対する貢献によるものです。
  • posted by 西京子 
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  • 2009.06/22 23:29分 
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いろいろと勉強になりました。ありがとうございました。イギリスの話がでたついでに、イギリス連邦のカナダのことですが、両陛下がカナダご訪問の御予定と伺いました。御体調が万全ではないとの由で、心配いたしております。私が密かに注目しておりますのは、カナダ総督主催の晩餐会で陛下のお姿でございます。ご存じのようにカナダはエリザベス2世陛下がカナダ女王を兼摂していらっしゃいます。従いまして陛下がガーター勲章を着用されるのではと期待しているのでございます。確かにカナダにもイギリスから独立した栄典制度があり、陛下もカナダの最高勲章をお持ちかとは思います。陛下のガーター帯勲姿は非常に数が少なく貴重でございます。ですから陛下の御寿命を考えますと、カナダの晩餐会が事実上ガーター勲章を着用される最後の機会かと思っております。非基督教徒唯一の特別騎士として着用されないようでしたら残念でございますが。
  • posted by ツシマ 
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  • 2009.06/29 19:39分 
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カナダ 

ツシマ様

英本国を御訪問されれば、Commonwealth realmsを御訪問されたのと等価として、外務省はカナダ公式御訪問を意図してこなかったそうなので、果たしてどのような様式になるのか、なかなか興味深いところですね。
  • posted by 西京子 
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  • 2009.07/12 02:43分 
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カナダ総督主催の公式晩餐会における陛下の御写真を拝見しました。残念でした。出席者はタキシードでございました。総督はミニチュアのメダルバーを着用されておられましたが、陛下は帯勲無でございました。念のために陛下のタキシードの左襟も拝見しましたが、いかなる略章も見つかりませんでした。私の視力が低下し、菊花勲章の襟章を見損なっているようでしたら、あらかじめお許し願います。折角総督が陛下に敬意を表して帯勲しておられるのに、いかに世界唯一の陛下といえども無帯勲とはいかがなものかと・・・。他のサイトでは陛下がガーターを受勲されていることを、臣従に等しいとらえ方をされることもあり残念なことでございます。陛下のブルーリボンは単に陛下お一人のものではなく、明治維新以来富国強兵、脱亜入欧に邁進し、軍事面あるいは経済面に無数の血涙を流してきた日本国民の努力の結晶だと愚考するのでございます。日本は唯一の帝国ではございますが、150年前にやっと開国した世界史的には若い国です。戦国時代には京都朝廷や足利幕府がいかに衰微していようとも、地方の大名には官位や足利幕府の役職は尊敬の念を払われていたのはご存じのとおりです。我々現代人は明治の大先達の方々の労苦に思いをいたし、敬意と感謝の念を捧げることを忘れているのではないかと、ガーター勲章の一件を機会に愚考するのでございます。
  • posted by ツシマ 
  • URL 
  • 2009.07/17 17:42分 
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プロトコル 

ツシマ様

それは残念でしたね。天皇陛下が帯勲遊ばされていないのは、Order of Canadaを贈呈されていないからでしょうか?ここら辺のプロトコルは門外漢なのでよくわかりませんが。

明治維新以降の帝国臣民の奮励の証しは畏くも国体の連綿だと考えております。

世界史的に若い国ではなく、西洋史的に若い国ではないかと?東洋史的には、色々と行動も起こしているので。

「他のサイトでは陛下がガーターを受勲されていることを、臣従に等しいとらえ方をされることもあり残念なことでございます。」
そうなんですか・・・!?(相互)儀礼叙勲ってそんなにマイナーなのかなあ。
  • posted by 西京子 
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  • 2009.07/18 03:01分 
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  • Author:西京子
  • ・今月23日は天皇陛下の73歳の御誕生日です。
    ・同1日は愛子内親王殿下の5歳の御誕生日です。
    ・同2日は崇仁親王殿下の91歳の御誕生日です。
    ・同9日は皇太子妃殿下の43歳の御誕生日です。
    ・同20日は彬子女王殿下の25歳の御誕生日です。
    ・同29日は佳子内親王殿下の12歳の御誕生日です。

    ・今年も早いもので十二月になりました。皆さま、ご多忙の時期とは思いますが、無理をなさりませんよう。
    ・最近はテレビを視聴していないので、今期は殆どついて行けてません(謎)

    ・現在、更新が遅れています。大変申し訳ありません。

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