西京子の備忘録

朝ご飯の内容から夕ご飯の内容まで、徒然なるままに

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Serene princeを目指して

(前略)

・Menshikov公爵(1707)
ピョートル一世の寵臣アレクサンドル・メンシコフ Alexander Menshikovに始まる
1702年帝国伯爵
1706年帝国諸侯(Reichsfürst)
1707年ロシア帝国公爵(ロシア帝国初の公爵)
1832年フィンランド大公国公爵
1833年フィンランド大公国筆頭貴族
1893年断絶

・Potyomkin-Tavricheskii公爵(1787)
エカチェリーナ二世の愛臣グリゴリー・ポチョムキン=タヴリーチェスキー Grigori Potyomkin-Tavricheskiiに始まる
1775年ロシア帝国伯爵
1776年帝国諸侯
1791年断絶

・Zubov公爵(1796)
エカチェリーナ二世の愛臣プラトン・ズーボフ Platon Zubovに始まる
(1793年帝国伯爵)
1796年帝国諸侯
1822年断絶

・Bezborodko公爵(1797)
エカチェリーナ二世の重臣アレクサンドル・ベズボロドコ Alexander Bezborodkoに始まる
1784年帝国伯爵
1797年ロシア帝国公爵・同伯爵
1799年断絶

・Lopukhin公爵(1799)
ピョートル・ロプーキン Peter Lopukhinに始まる
1799年ロシア帝国公爵
1873年断絶

・Golenishchev-Kutuzov-Smolenskii公爵(1812)
ナポレオン戦争で活躍した陸軍元帥ミハイル・ゴレニーシチェフ=クトゥーゾフ=スモレンスキー Mikhail Golenishchev-Kutuzov-Smolenskiiに始まる
1811年ロシア帝国伯爵
1812年ロシア帝国公爵
1813年断絶

・Saltykov公爵(1814)
ナポレオン戦争で活躍した陸軍元帥ニコライ・サルティコフ Nikolai Saltykovに始まる
1790年ロシア帝国伯爵
1814年ロシア帝国公爵
1941年断絶

・Razumovskii公爵(1815)
ウィーン会議で活躍したアンドレイ・ラズモフスキー Andrei Razumovskii伯爵に始まる
(1744年帝国伯爵)
(1744年ロシア帝国伯爵)
1814年ロシア帝国公爵
1836年断絶

・Lieven公爵(1826)
ニコライ一世の教育係シャルロッテ・リーヴェン Charlotte Lieven男爵夫人に始まる
1799年ロシア帝国伯爵
1826年ロシア帝国公爵
現存

・Varshavskii公爵(1831)
陸軍元帥イヴァン・パスケヴィチ=イリヴァンスキー Ivan Paskevich-Erivanskiiに始まる
1828年ロシア帝国伯爵
1831年ロシア帝国公爵
1903年断絶

・Italiiskii公爵(1848)
歴戦の大元帥アレクサンドル・スヴォーロフ=ルムニクスキー Alexander Suvorov-Rymnikskiiに始まる
1789年帝国伯爵
1789年ロシア帝国伯爵
1798年サルディニア王国公爵(Principe)
1799年ロシア帝国公爵
1893年断絶

・Chernychev公爵(1849)
陸軍大臣を務めたアレクサンドル・チェルニシェフ Alexander Chernychevに始まる
1826年ロシア帝国伯爵
1841年ロシア帝国公爵
1892年断絶

・Vorontsov公爵(1852)
コーカサス征服で活躍した陸軍元帥ミハイル・ヴォロンツォフ Mikhail Vorontsov伯爵に始まる
(1760年帝国伯爵)
(1797年ロシア帝国伯爵)
1845年ロシア帝国公爵
1882年断絶

・Lopukhin-Demidov公爵(1873)
ニコライ・デミドフ Nikolai Demidovに対して
1873年Lopukhin公爵家の断絶により爵位敬称の相続を許可される
現存

・Vorontsov公爵(1882)
パーヴェル・シュヴァロフ Pavel Shuvalov伯爵に対して
1882年Vorontsov公爵家の断絶により爵位敬称の相続を許可される
1885年断絶

・Vorontsov公爵(1886)
ミハイル・シュヴァロフ Mikhail Shuvalov伯爵に対して
1886年Vorontsov公爵家の断絶により爵位敬称の相続を許可される
1903年断絶

・Menshikov-Koreish公爵(1897)
イヴァン・コレイシュ Ivan Koreishに対して
1897年Menshikov公爵家の断絶により爵位敬称の相続を許可される
1919年断絶?

(後略)
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Comment

ロシア公爵編続編に期待しております 

こんばんわ。6月18日は第四皇女アナスタシア・ニコラエーブナ大公女殿下の109回目のお誕生日でございます。19180717エカテリンブルグで殉教されたことになっているアナスタシア様と、同じくボルシェビキに処刑された Count Ilya Tatishchev, Prince Vasily Dolgorukov の家系もよろしくご紹介くださいませ。なお個人的に6月18日にはささやかなお祝いを、7月17日はニコライ2世御一家の御冥福を祈らせていただいております。
  • posted by ツシマ 
  • URL 
  • 2009.06/15 21:58分 
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ロシアの公爵家 

ツシマ様

六月十八日を過ぎてしまいましたが(汗)
ツシマ様はロマノフ家とアナスタシア女大公に格別の思いがおありなのですね。

Dolgoruky公爵家、Tatishchev伯爵家ともにリューリク朝の支流です。

前述の通り、ロシアは公爵家の数が多すぎるので、公爵の中の公爵、Serene princeの中でも、自身の功績により(伯爵以下から)Serene highnessまで上りつめた方の家系、及びその名跡を継承した家系に限定して取り上げてみました。

何時か現存するリューリク・ゲディミナスの流れを汲む公爵家に関する記事も書いてみたいという野望はあるのですが、ロシア革命とソヴィエトに阻まれて、果たして何時のことになるのやら(苦笑)
  • posted by 西京子 
  • URL 
  • 2009.06/23 01:06分 
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こんにちは。暑中お見舞い申し上げます。私ごときのわがままにお付き合い下さり深く感謝いたします。勉強になりました。6月はニコライ2世の直宮のうち第二、第三、第四皇女即ち、タチアナ、マリア、アナスタシア各女大公の誕生月なのでございます。そして言うまでもなく7月はニコライ2世御一家の91周忌でございます。実は7月17日エカテリンブルグ事件の日は私の誕生日なのでございます。ここであと少しで御一家を解放できたはずのエカテリンブルグ白軍司令官のPrince Kuli Mirza将軍という方がいらっしゃいます。中公文庫刊「ロマノフ家の最期」に登場する方でございます。苗字からはどうもスラブ系でも、バルト系でもなく中央アジア系貴族ではと思っているのですが、Prince Kuli Mirzaはモンゴル帝国からロシア帝国へ転仕された御家系でしょうか?。
  • posted by ツシマ 
  • URL 
  • 2009.06/28 15:54分 
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  • [Res]

文月 

ツシマ様

ツシマ様はエカテリンブルグ事件の日が御誕生日でしたか。それは奇縁と言いましょうか、ツシマ様が想われるのも格別のことと思います。

Prince Kuli Mirzaという方は不勉強で知りませんでした。恐らくイランのカジャール朝の皇族で、ロシア帝国に仕えたPersidsky公爵家の方だと推察します。
  • posted by 西京子 
  • URL 
  • 2009.06/29 15:51分 
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西京子

  • Author:西京子
  • ・今月23日は天皇陛下の73歳の御誕生日です。
    ・同1日は愛子内親王殿下の5歳の御誕生日です。
    ・同2日は崇仁親王殿下の91歳の御誕生日です。
    ・同9日は皇太子妃殿下の43歳の御誕生日です。
    ・同20日は彬子女王殿下の25歳の御誕生日です。
    ・同29日は佳子内親王殿下の12歳の御誕生日です。

    ・今年も早いもので十二月になりました。皆さま、ご多忙の時期とは思いますが、無理をなさりませんよう。
    ・最近はテレビを視聴していないので、今期は殆どついて行けてません(謎)

    ・現在、更新が遅れています。大変申し訳ありません。

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